ヒーリング能力をアップさせるにはどうしたらいいですか?という事を良く聞かれます。
ヒーラーとして活動していると、ヒーリングが伝わりづらい相手や、実現しづらい案件が定期的にやってくるんですよね。
そんな時に、もっとヒーリング能力を高めたいなーと、ヒーラーなら誰でも思った経験があると思います。
もちろん私も、定期的に思う段階がやってくるわけですが、そんなときに、どうやって能力をアップさせているのか?というお話を3つしていきたいと思います。
能力の伸び悩みを感じておられるヒーラーさんや、これからヒーラーになりたいと思っておられる方の参考に少しでもなれるといいですね。
相手の状況を詳しく理解するための知識や理論を得る
まず1つ目ですが、相手の状況を詳しく理解するための知識や理論を得ます。
これはヒーリングのジャンルにもよると思うのですが、私の氣幸ヒーリングは、骨や筋肉や、内臓など、物理的な細かい視点でヒーリングをします。
もちろん体だけでなく心の方にもアプローチしますので、精神構造なども知っておく必要があります。
こういった知識を得ることで、相手の状況を見ることがはじめてできるんですね。
漠然と、痛みがでているなーとか、落ち込んでいるなーとか、こういうざっくりしたものではなくて、その起きている現象が、どのようなメカニズムで起きているのか、、ということを細かく見ているんですね。
そのうえで的確なヒーリングを入れていくわけです。
ですが、初めての症状ですとか、状況のクライアントさんと出会ったときに、見るべきものが見えてこないことがあるので、この時点であらたな学びを入れていくことが大切なんですね。
認識できないものにたいしては、ヒーリングできませんので、認識できるようになるための学びを入れていくということです。
イメージ力を鍛える
2つ目ですが、イメージ力を鍛えます。
イメージ力というのは、相手の肉体や、心の状態をイメージする能力のことを言っていますが、イメージ=映像ということではありません。
映像ももちろんですが、手で触る感触ですとか、触ったときの音、匂い、など、5感をつかったイメージですね。
ヒーラーなら多かれ、少なかれ、普段のヒーリングで、イメージを使っていると思いますが、さらにこの能力を高めることで、ヒーリング力が伸びていきますよね。
目を開けている世界以上に、目を閉じた世界をリアルにするとか、こういうところまで行きたいものですね。
新しいものと出会うことに積極的になる
そして3つ目ですが、新しいものと出会うことに積極的になることですね。
これは1つ目とも似た発想なのですが、ヒーリングにずっと携わっていると見えないものがどんどん増えていきます。
どういうことかと言いますと、この症状ならこのヒーリング、こういう人間関係の問題は、ここが原因。
と言ったように、もっとたくさん見るべきものがあるのに、視えなくなってしまうんですね。
熟練のヒーラーほど、こういう傾向になりがちかもしれません。
ヒーラーになりたて1年目、2年目のほうが、熟練のヒーラーよりも精度の高いヒーリングをする、なんて言うことがあるのも、こういった状況なのではないかと思います。
このような時こそ基本に立ち返ってみるというのも大事だと思いますが、私は新たな学びを入れていくことも大事なんじゃないかなーと思ってるんですね。
それも、一見ヒーリングとは、まったく関係のないようなジャンルを学んでみるとか、体験してみるというのをおススメします。
そのことで、凝り固まった信念が変わったり、新たな視点が増えたりする結果に繋がることがあるんですね。
そのジャンルが確立されてくると、なかなか新しいものを取り入れるというのに億劫になりがちですが、伸び悩みを感じるんであれば、取り入れないまでも、新しいジャンルを学んでみることをおススメします。自分の使命や、役割ってなんだろう?と思っている方へ、このようにすると気づきやすいですよ、というお話をしたいと思います。
たまにクライアントから、「私の使命がいつまでたってもわからないんです」などとご相談をいただくことがあります。
こう言う方は「地球に生まれてくるときに、なんらかの目的をもって生まれてきた」と考えているんですよね。
この考え自体は、特に悪いことじゃないと思いますし、自分の人生を振り返るきっかけにもなりますから、良いんじゃないかと思います。
で、自分の使命がわからない、という事は、見方を変えれば、現状に満足していないということですよね。
「なぜ?現状に満足できていないのか?」
ここを考えるほうが、自分の使命に気づける可能性が高まるんじゃないかと思います。
現状に満足できないのは、自分のやりたいことを真っすぐにできていないから、ですよね。
人は、十分に自己満足が終わってから、使命や、貢献といったところに進んでいくものです。
ですから、自分が満足のいっていない生活を送る限りは、使命に気づけないんですね。
使命というと、なんだか崇高なもののように感じますが、まずは、その前段階の自己満足の達成なんですから、おもいっきり俗物的な考えでもいいんじゃないでしょうか?
なんて考えず、まずは自分の満足のいく生活を目指してみられると良いのではないでしょうか。
例えば私は、長男なので、親からずっと、この土地の家を守るようにと言われて育ってきました。
だから、それが当たり前だと思っていたので、ずっとそこで生きていくものだと考えていたんですね。
でも、土地に縛られている自分が窮屈になってきて
と思うようになり、思い切って北の土地から、南の土地へ移住しました。
結果、土地に縛られる思考が消え、春夏秋冬で、住みやすいところに移動してもいいよなぁー、なんて思えるようになりました。
両親とも、家族とも、良好な関係が築けていますし、あれほど窮屈だった心が解放され、もっと早くからやっておけば良かったと思います。
そして、この変化によって
世界中の医療機関を受けられない子供たちに、自己ヒーリングができるように伝えていきたいなぁー
なんていう壮大な夢ができました。
この活動ができるようになる頃は、これが自分の使命なんだなー、なんて思っているかもしれませんよね。
このような感じで、まずは自分自身の満足度を上げることが最初で、そこが満たされてきて、だんだん使命に気づいていくんじゃないかと思うんですよね。
あなたはどう思われますか?
先々月に、父が亡くなりまして、そのタイミングで、自分を見つめる時間が増えまして、メインの仕事以外は休んでおりました。
今回は、このときの気づきを皆さんにシェアしていきたいと思います。
特に、現状から変わろうとしている方に、気づきになればと思います。
私は、姉一人の長男として生まれました。
ただ、出生体重が1400gの未熟児だったんです。
お医者さんにも、このまま生きられるかわからないと言われて、家族みんなに心配をかけました。
その後、順調に体重も増え、特に後遺症などもなく育ちましたが、周りの子供たちと同じような遊びをしていると、両親が心配して、止められるような生活でした。
私の行動は親が決めるような、そんな家庭だったんですね。
大人になってから、幼稚園の卒園文集を読んでみました。
将来の夢という欄があって、周りの友達は、パイロットとか、スーパーカーの運転手とか書いている中、私は「公務員」でした。
両親はとてもやさしくて、尊敬できる人たちですが、偏った思想を、かなり植え付けられていたんだなと思います。
中学生になってからは、テニス部に入り、そこそこの成績を残すことができました。
親からは進学校に進むようにと言われましたが、高校に入ってからもテニスを続けたかったので、反対をおしきり、テニスで推薦がきている高校へ進みました。
この時、はじめて、自分の意志で人生の選択をしました。
そして高校でも、テニスでそこそこの成績をおさめ、高校3年のときに国体メンバーに選出されました。
これで、行きたい大学にも行けるなーと喜んでいたところ、ある大きな問題がおきました。
私はまったく無関係でしたが、部長をしていたので責任をとらされて、国体に出場できなくなりました。
ある大きな問題というのは、ここでは差し控えますが、いじめとか、喧嘩ではないです。
しょうもない問題ですね。
で、テニスしか頭になかった私でしたので、大きな挫折を味わい、なにもやる気がなくなっていたころに、父から、地元にあるエレクトロニクス関係の学校を進められて、なんの興味もなかったのですが、進学しました。
そこで、ロボットの設計や、プログラムを学び、こんな面白い世界があるんだなーと、それまでテニスしか頭になかった私に、新たな道がみえてきました。
卒業後、東京のシステム開発会社へ就職し、約10年間で50社を超えるくらいの会社に出向し、開発に明け暮れました。
守秘義務があるので、自分の会社で開発するような案件が少なくて、だいたい依頼があった会社に出向して、他の会社の人達と共同して開発するのがほとんどなんですよね。
おかげで、色んな人たちと出会えましたし、いろんな経営者から話を聞けたので、貴重な時間だったなと思います。
そんな中、当時、オンラインで株の売買ができるようになってきたころで、私も、さきがけてやりはじめました。
そこそこ勝つことができ、もしかしたら、株の売買で食べていけるかも、と考えるようになり、仕事をしている日中でも、思う存分取引ができるように、プログラムを2年ごしで開発しました。
今でいうシステムトレードのようなものですね。
順調に資金が増えていきました。
証券会社からも認められて、信用取引という、レバレッジがきく取引もできるようになり、いよいよ、これで生活ができるなーと思いはじめたころです。
パタッと勝てなくなり、損失を重ねるようになってしまいました。
いつもだと何回か損失しても、すぐに勝ち越せていましたが、どんどん運用資金が減っていき、最終的に運用資金の全部、、額にすると数千万が市場に溶けてしまい、二度目の挫折を味わいました。
何もやる気が起きなくなってしまって、仕事も休みがちになりました。
もう自分の人生は終わりだなーと、あきらめかけていた、そんなとき、ウェブで事業をおこしている人と出会い、お金の稼ぎ方を学びました。
その頃は、インターネットが、そこまで整備されている時代ではなかったので、ちょっとしたコツで、すぐに利益化することができました。
私はプログラムを組むことができたので、収益までの流れをシステム化して、手間をきょくりょくかけずに、運用することを編み出し、株の損失をなんとか取り戻すめどをたてることができました。
そして30歳のときに、地元へもどり、ウェブを使った経営コンサルとして、独立しました。
株で失敗していなければ、このような選択肢は生まれなかったでしょうね。
地元は、まだまだウェブ化が進んでおらず、仕事の需要がたくさんありました。
行く先々で喜んでもらえて、やりがいを感じました。
そんなころ、父が神経難病におかされて、西洋医学では治せないと言われました。
西洋医学で治せないなら、東洋医学ではどうだろう、アーユルヴェーダではどうだろう、波動医学ではどうだろうと、色んな情報を調べた結果、最終的に気功にたどりつきました。
思い返せば、子供の頃から手かざしで、痛みをとったりしていたので、なんとなく気功にたいして抵抗がなかったんですね。
最初は気功師にお願いしていましたが、目に見えた改善が見えませんでした。
その気功師から、別の人がやってみると上手くいったりする、というアドバイスをもらい、私自身が気功を学んでやってみようと思いました。
そして2ヶ月ほどで気功を習得して、父にするようになりました。
このことがきっかけで、友人や、コンサルに入っている会社の社員さんなどに気功をするようになり、だんだん気功が広まっていき、しだいに、お金をいただいて氣幸をするようになっていきました。
コンサルのお仕事も楽しかったのですが、体の不調で困っている方が気功で元気になられる姿をみたときに、これは天職なのかもしれないなと思うようになり、気功でお仕事をするようになっていきました。
ここまで、私の半生をお伝えしてきましたが、何か大きな出来事がおきて、それまでの世界から、新しい世界へ移行していますよね。
また、見方を変えれば、今までの世界を捨て、新しい世界に入っていってます。
そのキッカケを作ってくれるのは、人との出会いであったり、何かしらの情報であったりします。
それを掴んで行動した結果、新しい世界に移行してきています。
これは、私だけでなく、誰でもそうなんですよね。
現状から変わりたいと思っている方は、ぜひ、参考にしてみてください。
最後に、先日、父の四十九日の法要があり、実家に帰省しておりました。
このタイミングで、私が生まれた時から入っていた、ある団体から抜けてきました。
とても素敵な団体で、私が目指したいと思える先輩がいるところだったのですが、私自身、さらに先へ進みたいので、卒業させてもらいました。
団体とは、言わばコミュニティです。
私たちは、コミュニティの中で生活する生き物なので、時として、今までのコミュニティから離れないと、先へ進めなくなってしまうんですね。
今回は、まさしくそういうタイミングでした。
苦渋の決断でしたが、また、新たなコミュニティに属して、大きく成長していきたいと思っております。
父の死をきっかけに、また、あらたな人生を出発することができました。
これから、ますます、みなさんと気づきを共有していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
瞑想で得られた気づき
こんにちは。KOUです。
今日は久しぶりに
長時間瞑想に取り組みました。
午後のお仕事を1件片付けたあと
講座の資料を作ろうかと思いましたが
久しぶりにとことん瞑想をしてみました。
そして今、瞑想が終わりまして
メルマガを書いております。
時間にして2時間23分
長時間とは言えない微妙な時間ですが
贅沢な時間を過ごさせてもらいました。
瞑想開始からどんどん意識状態が深まり
覚醒と眠りのはざまを掴まえます。
やがて、眩しい光の柱が現れ
光と私は一体になりました。
そして
この世界に起きる現象は
常に私の内側に存在しているもので
とらわれる事で現象化し
手放すことでも現象化する
とらわれと手放しは
相反する2つだが
光を現象化させる意味では
どちらも優秀なツールである
しかし
同じ現象化という言葉でも
その性質は全く異なるもので
どちらを選択しても
大きな学びとなる
その時々で
選択の自由を思い出し
ただただ現象化に感謝する
なぜなら
現象化しないものは
ただの光であり
ただの光には感情がない
感情がないものは
物理的な私の糧にならず
結果、スパークは生まれない
逆に現象化した2つは
やがてスパークすることになり
統合され1つの宇宙が誕生する
その誕生した宇宙こそが
私が真に求める現象化であり
そこからまた
とらわれと、手放しがはじまる
いきつくところは光なのか
それとも無なのか
いずれにせよ進んでいくのみ
このような気づきが得られました。
あまりに抽象的な表現で
何を言っているのか
わからないですね^^;
瞑想直後の気づきを
鮮度が高いうちにお届けしたいと思いまして
このような表現になりました。
やはり瞑想はいいですね
忘れていた自分を取り戻せます^^ヒーラーの友人と、相手のことを知るというテーマで話をしていたのですが、なかなか面白かったので皆さんにもシェアしようと思います。
相手のことを知る
だいぶ漠然としたテーマですが、直感でいいので、ちょっと考えてみてください。
相手のことを知る。
相手の性格を知る。
相手の体つきを知る。
相手の趣味、趣向を知る。
まぁ、相手といっても、いろいろありますよね。
では、1つに絞って、相手の性格を知るとした場合はどうでしょうか????
相手の性格を知る。
あの人は、優しい人だよね。
あの人は、怒りっぽい人だよね。
こんな感じで日常、相手の性格をみていると思いますが、これで本当に相手の性格を知ったことになるでしょうか?
たまたま、あなたの前で常に怒っているだけで、家庭に帰ると、子供に溺愛して、ニコニコ笑顔のお父さんかもしれません。
では、相手の体つきを知る、ということを考えてみましょうか。
あの人はぽっちゃり体系だよね。
はい。私が良く言われるキーワードなんですけど、どこを見てぽっちゃりと判断されているのでしょうか?
おおよそ検討されるのは、お腹周りですけどね。
でも、足首は、カモシカのようにシュッとしてるんですよ。
私はお腹周りがぽっちゃりしてて、足首がシュッとしている体つきなんですね。
さらに背中は、腕は、
体つきというと、もっといろんな部位がありますね。
このように、相手のことを知ると言っても、非常に細かいところまで落とし込んでいかないと、知ることには繋がらないんですよね。
私たちは普段、相手のことを漠然と考えすぎているとも言えますね。
では、完璧に相手のことを知るためには、どうしたらいいと思いますか?
不可能だという答えは無しにして、考えてみてください。
どうでしょうか。わかりますか?
答えは、自分を知ることなんです。
自分を知る
自分を知る。
自分の性格を知る。
自分の体つきを知る。
自分の趣味、趣向を知る。
相手のことを知ることと一緒です。
なぜ自分のことを知ると、相手のことがわかるかと言うと、自分が知らないことは見えないからです。
生命線を知らないと、手のひらの真ん中に縦に入っているしわが生命線だとはわかりません。
という事は、相手の手のひらをみたときに、生命線が長いな―――、なんていう印象は持ちませんよね。
結論として、まず、自分のことを100%わかっていないと、相手のことを100%知ることはできないということです。
この世界を知る
ここで気づいた方もおられると思いますが、、、
ということは、この世界を知るということは、自分のことを100%知るということに繋がるんですね。
だって自分が意識できたものしか見ることができないんですからね。
見えないという事は、存在していないということです。
見えないものは、自分の世界には存在していないもの
ということですよね。
ヒーラー視点でお話しますと、クライアントの心と体を確認したときに、知っていることしか見えない、知っていることしかヒーリングができないということなんですね。
ですから、たとえば腕が痛いという人に、宇宙からエネルギーを流しますといったようなアプローチで上手くいくのは限定的です。
腕と言っても、骨や筋肉にわかれています。
神経も走っていますし、血管もとおっています。
これらの、どこかに原因があった場合、、知らなければ見えないということです。
鬱で悩んでいるクライアントの場合もそうです。
陽性に傾いているというように見るのか、タンパク質やビタミンBが不足しているというように栄養面で見るのか。
それとも脳幹の機能低下として見るのか。
知っていることでしか予測できないんです。
見えなければアプローチできないということなんです。
単純ですよね。
ちょっと辛口ですが、
このクライアントは鈍感だからとか、
波動が低いからとか、
こういった理由をつけて、ヒーリングできない自分にある原因を知ろうとしない、思考停止したヒーラーにはなりたくないよねーと、ヒーラーの友人と話をしていたというわけです。
ヒーリングは医療行為ではないので、なんでもアリの世界になりがちです。
でも私は、必要なジャンルの、知識や理論を取り入れて、細かく細かく見る意識をもって、世界を広げていきたいなーと思っているんですね。
言わば自分は、色んなものが寄せ集まってできている集合体ですからね。
この1つ1つを見ることができれば、この世界の仕組みも見えてくるんだろうと思います。